2007年5月30日水曜日

むりやり社会の構成

うちの研究科の人って、とにかく濃い!?人が多く、自分じゃ一生経験できない経験を普通にやっているんですよね。特に、私たち立教・立花ゼミはホント変(っていい意味で♪)な人が多くて、話を聞いているだけでも楽しいです。しかし、そんな感じなので、僕がこれまでやってきた経験ってたいしたことないなぁと思うのは当たり前だね、と思いきや、時たま僕も他のメンバーが知らないことを経験していたり、ネコ屋敷ホームページ作成の時なんかは、こんな僕でもホームページの知識で活躍できました。

最年少の僕が知らないことだらけなのは当たり前だけど、時代は絶えず動いているので、昔の人は知らないことでも若い人が知っていたり、特に子どもは常に新しい遊びを考えたりするので、イマジネーションが豊富なので、まちづくりのワークショップで秀逸な意見を出すことがあるなど、経験の量は小さくても、貢献できる能力は必ずしも小さいことはないと思っています。逆に、お年寄りは経験の量はものすごく大きいけど、それがすべて貢献になるのかは、必ずしもそうではなくて、意外と経験に縛られてブレイクスルーできていない場合も多いでしょう。大人は一番貢献している!?というのも疑問で、経済社会には一番貢献しているけど、地域社会は!?というとお年寄りがそこを占めています。

つまり、社会への貢献と言うことを考えるとかなり多面性を持って考えなければなりません。また、貢献をすべて同じ尺度で考えるのではなく、別にどんな小さなことでもよいという感じでとらえることが必要ではないでしょうか。すると社会の構成も極例ですが、大人が子どもとお年寄りを助けるというような構図から、経済面では大人!経験面ではお年寄り!アイデアと和ませ役は子ども!という感じで、有機的なライフシェアリングができるのではないでしょうか?

前にも書きましたが、僕の持論は、これからの地域社会はシニアとジュニアの融合が重要だと思っています。団塊の世代の地域移行対策は非常に効果的だと思いますが、経験はあるけど、何をやってよいかわからないシニアのところに、アイデアと行動力はあるが、経験が少ない若者(別に30歳くらいまで入れてもいい)を仲間に入れてもらえば、地域社会にとって結構すごいエネルギーになるのではと考えています。若者は勉強だけやればよく、卒業したら就職してというレールがかなり脅迫概念としてあるので、そのレールがとことん会社人間や逆にニートなどを生み出しているのであれば悪循環となってしまうので(実際今年の就職した人は上の世代に比べて安定志向というか、終身雇用を望む人が増えたらしい)、もっとゆとりをもって、30くらいまでは準備期間くらいの気持ちで、人生冒険させてもいいのではないかと思います。働き方はいくらでもあるので、働きながらいろいろできるような社会にもっていければいいでしょう。そして、時間があるシニアとジュニアが手を組んで地域社会をよい方向へもっていければすばらしい!!そして、そういったことで経験をつんだジュニアは、いざ大人になって経済社会を支えるようになった時も、その経験は忘れることなどないので、地域社会に出る時間は少なくても、お金だったり場所の提供だったり、若者の相談にのったり、ビジネス・パートナーとしてだったり、様々な形で貢献できる人が育つのではないでしょうか。

やはりこれからの時代は、ライフシェアリング社会です!!!当方立教・立花ゼミは、ミニライフシェリング社会ができていますので、それを広げるべく、とりあえず楽しんでいきたいですね。

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