2007年5月20日日曜日

万物は数である!?

最近まじめな暑苦しい話題ばっかを語っていましたが、今日はホリデーなのでまったりと行きたいと思います♪

昨日「博士の愛した数式」という映画がテレビでやっていたのですが、かなり自分のつぼにはまる作品で、久しぶりにほのぼのとテレビを見ることができました。とりあえず、僕はハリウッド映画はほとんど見ないひねくれ者でして、映画を見るとなると単館系(ミニシアター)の邦画か、たまにヨーロッパ映画しか見ません。別にサブカルチャー気取りで、かっこつけているわけではなく、かなりのビビリ症なので、ハリウッド映画の傾向として多い大ドンデン返しや、人が死んだりするのは心臓が何個あっても足りなくなりそうなので、見るのがいやというか面倒くさいのです。あとは、地味な邦画というものは、けっこう感情移入ができるので、見やすいということも重要な要素であります(意外とヨーロッパの映画も感情移入しやすい気がします)。

それはともかく「博士の愛した数式」も本当にほのぼのとしていて、お風呂に入っているかのような心地よさでした。気のせいかもしれませんが、博士とか家政婦とかの呼び名はでてくるのですが、固有名詞(登場人物の名前)がまったくもって出てこないという作品であったことも印象深いです(他にも思うところがありますが、ネタバラシになってしまいそうなので、ここまでにしておきます)。

ところで、成長したルート君が高校で数学を教えていたシーン(現在)が物語の半分を担っていたのですが、あのような数学の先生がいれば僕も今頃は、理系など別の世界で生きていたのかと思います…ルート君は数に対して愛情をもっており、ただただ問題を解かせるのが一般的な数学の授業なのに、ルート君の授業は道徳の授業のように、記号や数字一つ一つに思いをこめた説明で授業をしているんですよね。
こう見えても、僕は中学2年までは一番の得意科目が数学!!というくらいの数学少年で、数学検定とかにも果敢に挑戦していたくらいでした。しかし、因数分解や方程式などの計算は大得意だったのですが、図形問題や、わけわからない公式などの暗記が入ってくると徐々についていけなくなり、中学後半 、そして高校に進むにつれ、しまいには、数学を選択しない完全文型となってドロップアウトしてしまいました。そんな時に、ルート君や博士のような愛情のある数学の授業を受けていれば僕も人生変わっていたはずです…

でも今はやりの数独(ナンバープレイス)は大得意ですし、どのように計算すればイコールになるかというような方程式(勝利の方程式)などは今でも大好きなんですよね♪なので、このブログで繰り広げられている屁理屈ばっかりのかいぬまん理論は、結構幼い頃の数学少年だった記憶がベースになっているのではないかと最近ちょっと思っています。今修士論文の研究計画を練っているところなのですが、Aという現代社会の状況に対し、Bという理想の結果に導き出せるために、いかにブレイクスルーできるかということを、様々な要素を組み合わせながら一生懸命考えています。やはり、ブレイクスルーへ持っていくためには、今は結びつかないようなものでも、とにかく様々な要素を掛け合わせ、時には引いたり割ったりしてみて、考えていくことが一番なんじゃないかなと思います。昔の数学者はほとんど哲学者でもあったこともいえるので、この考えはあながち間違っていないと思います。

また、僕の指導教員は、結構社会や研究に対して厳しい方なのですが、卒業研究で他の先生から揚げ足取りの指摘ばっかりされて、「もっと絞って研究しろ、それじゃあ研究とは言えない」と言われてかなり悩んでいる時に、「とにかく何も言わないから、とりあえずやってみていいよ」とおっしゃっていただき、今の広いのか狭いのか、浅いのか深いのかわけわからない!?かいぬま理論がこうして存在しています。その先生の判断がよかったかは、これからの本研究の出来にかかっていますが…とにかく、あの時期になんでもやらしていただけたことによって、かなり柔軟な研究に対しての取り組みができるようになったので、どうにかサステイナブル地域福祉の方程式が完成しそうです。

結局まったりした話とと言いながら、また研究話になってしまいましたが、そんなこんなで、「博士の愛した数式」はお勧めです!!

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