僕は、あいまいさが好きだ。
あいまいさの中に様々なモノが同居していて、それぞれの感性に合わせて、 よい方向で変わっていくからだ。
でも悪いあいまいさもある。それはうやむやにすることだったり、煙にまくことである。
不祥事の問題なんかは、そういうことが多い…
なので、オープンなあいまいさ、というか、それぞれが多様性を理解した上でのポジティブなあいまいさというものが理想なのではないか。
最近は、「これはダメ」「あれはダメ」というようにネガティブなダメダメ論で、ものの良し悪しが決まっているような気がする。「こうのとりのゆりかご」(通称赤ちゃんポスト)の議論だって、ダメダメ論で、いろいろ文句を言われているのに、ダメダメ言って反論している人はどうすれば解決するかを示してくれない、もっと多様性を感じてほしい…
同じく、物事にはすべて定義というものがあるようで、多くの研究者はあいまいさを許してくれない…もちろん、根拠もなく、いい加減に適当に言いたいこと言ってる研究はダメだと思うが、この多様性の溢れる現代社会において、すべて定義はあるのだろうかと疑問を持つ?
特に社会デザインは、様々な価値観を認めたうえで成り立つものではないだろうか?そこを定義でひとつに押しつぶしてしまうことは、かなりもったいないと思う。
しかし、現実はそうはいかない、定義がなければ研究者としては通じないだろう…大学院に入学して1ヶ月と半月、大きな壁にぶち当たった。
しかし、ただでは転ばない、頑固な僕なので、オープンなあいまいさの定義をどうにか見つけ出してやりたい。それでもダメだったら、もう研究者なんてものは目指さなければいいだけだ。
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