なぜ「ソフト」と「ハード」は溶け合わないのか、常に「ソフト」は「ハード」の一部なのか、常に「ハード」がなければ「ソフト」は動かないのだろうか、「ソフト」と「ハード」でもないものはないのか、考えれば考えるほどわからなくなってくる…
しかし、両者の境界線を打ち溶かすためには、時には激しく、時にはゆるく、時には静かに、そして常に前向きに進んでいかなければならない。「あれが駄目」、「これが駄目」ではなく、「あれもいい」、「これもいい」という適度ないい加減さが必要なのではないか、だって、ものの答えは、ひとつだけではなく、10も100も、いろいろつなげていけば、いくらでも無限に広がるのだから。
そして、それは決して妥協ではない。たとえ人に妥協だと思われても、自分は妥協なんてしてないって思えさえすればいい。なかなか人に理解されなくても、協力してもらえなくても、いやな顔せず、凛として接し続ければ、いつかはいいことだってあるさ。
最近、自分より若い学生と話す機会がよくある。
積極的な若者にいろいろ聞かれて話していくうちに、昔の自分の弱さを思い出して、かなり悔やむ…
でも悔やんだって仕方がないので、そんな時は知ったかぶりすればいい。よい先輩に見えるように、今を一生懸命がんばればいい、はじめは見せかけだけでもいい、その刺激からきっと中身も充実してくるだろう。
やはり、「ソフト」と「ハード」は両極端ではない、結局全部どこかでつながるのではないか。
すぐにつながらないのであれば、無理してつなげずに、別のものとつなげればいい。そしたら結局どこかでつながるだろう。
けっこう時間はかかるかもしれないけど、とりあえず僕はやってみようと思う。
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